東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1190号 判決
他人が賃借居住中の家屋を自ら使用する目的で買受け、買受後更新拒絶又は解約申入をなすことは、従来借家人が平穏に居住することのできた賃貸借関係に新たな第三者が新たな不測の事情を携えて登場し借家人の居住の地位を奪うことに帰するのであるから、この場合の賃借人の居住の安全の保障については特に高度の考慮がなされなければならない。事業規模の維持拡大その他の営業上の都合により新たな建物を必要とするに至つた者は、その必要度さえ高ければ、財力に委せて随所の他人の借家を買収した上自己使用の必要を理由として居住者に退去を強制することができるというようなことは、当事者双方によほどの事情がある場合でなければ、たやすく是認できるものではない。結局このような場合には、賃貸人側において当該家屋を必要とする程度と賃借人において居住のためこれを必要とする程度とを比較考量すべきはもちろんその他一切の事情を参酌し、そのような新所有者が出現しなければ引続き平穏に居住することができたはずの借家人をしてその者に債務不履行その他なんら責むべき事由がなくとも、なお、その意思を排除して当該家屋より立退かせることが社会生活上やむを得ないものとして容認しなければならないような特段の事由がなければならない。本件においては、前説示に係る諸般の事情を比較考慮するときは、控訴人の昭和三十五年十一月六日付更新拒絶及び昭和三十六年九月二十一日付解約申入の各意思表示は、いずれもとうてい正当事由を具備するものとは認め難い。
(小沢 池田 宇野)